こだわりたいむ 〜その1〜

コダワリの逸品です。

「こだわりたいむ」第1回目です。当店はコダワリの固まりの店ということで、「コダワリ」応援企画として、定期的に且つ病的目線で、想像を膨らませまくる規格でございます。

あまり、肩に力を入れず、単なる読み物程度に見ていただけると幸いです。

また、想像での物言いが大前提のため、一切の文句も受け付けません^_^;

さて、今回はハサミ。
ハサミなんか使えりゃあいい、と思う方も多いと思われますが、そもそも道具というのは機能さえ確保してればデザインなんぞどうでもいいというの通常の日本人だと思います。しかし、人間にはココロにうるおいが必要なのも事実。どうせ道具を使うならカッコが良く使いやすい方がいい。機能美も重要になってくるもんです。

そんな日本も、デザインも機能の一つとして考えられる時代に突入したと言っても良いでしょう。

機能美の追及は日本ではやっと「今」なのですが、欧米、特に「欧」の方ではその歴史は古く使う人の身になって考える。それは、ココロに豊さを訴える機能も作業の充実性には不可欠なんですね。というものの、日本での機能美の追及のココロは一旦途絶えたというのが正しいのかもしれません。

武将などいい例です。豊臣秀吉公、織田信長公、源頼朝公、明智光秀公・・・などなど、あげればあげただけみんな名前がカッコいい。

この名前の格好良さこそが機能美なんです。
名前を聞いただけで、多くの人は「どれだけ凄い人なんだろう」「さぞかし、近寄り難い人なんだろう」「強そう」など勝手な想像を膨らませます。

実にそこが狙いなんです。他の人に自分を大きく見せ、能力を過大評価させることこそが、目的の一つでその一方で自分自身を鼓舞し、理想の自分に近づけられるという機能も合わせ持っています。まさに機能美です。

また、伊達政宗公は名前もさることながら、姿カタチにもこだわりました。使い勝手はともかく威嚇という点に於いては格好良さの効力はさぞ、効力を発揮したであろうと容易に想像がつきます。

ただ、日本はいつの日からか機能美を捨て、機能のみで良しとする時代に突入してしまいました。
特に高度成長期などには、海外製品の「エセもの」も多く非常に寂しい時代を経験しました。
伝統工芸などの「伝統」のみに機能美がかろうじて生き残った様に感じます。

さて、

やっとここで、本題の「ハサミ」。

今回、ご紹介させていただくのはHENCHELSのハサミ。有名なブランドですね。このブランドの凄さは別の機会にご紹介いたしますが、このハサミ、持ち手部分のコダワリがとにかく凄い!

丸いんです!

日本のハサミで丸い持ち手、見たことありますか?
しかも、左右水平の位置にあるんです!

ここに力量を置くと刃と刃の連結部分までの横から見た時にカーブが必要になるんです。
このカーブが無作為だとかえって使いづらいものになってしまいます。
ですから、カーブの角度と位置が非常に重要になってきます。

写真をご覧になってもらうとお分かりになるかと思いますが、上から見た時の鋭角のカーブの場所に横から見た時のカーブを持ってきています。正にデザイナーの真骨頂はここにあります。「ハサミ」という道具は刃と刃でモノを切断するため、その隙間が非常に重要になって来ます。狭すぎれば動かない、広すぎれば切ることが出来なくなります。絶妙の位置にポジショニングさせられるカーブをしっかりと計算する。そして、それを大量生産する。凄いことです。

コンピューター時代です。機械で作ります。確かにそうかもしれません。
しかし、この絶妙なハサミ。
考え出したのはコンピューターではありません。人間なんです。

このハサミ実際に使ってみるとなんと持ち易く切りやすいか。
よく切れるのなんて当たり前の時代でもありますので使いやすさがとても重要なんです。

カッコだけで済まされない、使いやすさと性能が合致しているのは、機能美の火を絶やすことなく守り続けたからでしょう。

どうです?
このハサミ。作り手の情熱と想い、作っている姿が見えて来ませんか。

このカーブがたまりません!!

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